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吉見 美津子
よしみ みつこ
プロフィール
生年月日 1971年12月25日
職業 元アイドル
出身 千葉県
日出女子高等学校卒業
元モモコクラブ桃組1956番
おニャン子クラブの中○学生版であるおニャン子クラブB組の1番
おニャン子クラブ会員番号49番

80年代中期に、わずか二年半という短期間ながら、日本の男子たちを熱狂させたアイドルグループ「おニャン子クラブ」。伝説的バラエティ番組「夕やけニャンニャン」の始まりとともにスタートし、終わりとともに解散した彼女たち。

現在は、地元アイドルから4児の母までその後の人生は様々。男子たちが夢中になった、あの「会員番号○○番」は、いまどこで何をしているのだろうか?

■会員番号49番・吉見美津子

'86年8月、中○学生メンバーによるおニャン子クラブB組入り。ミスセブンティーンと連動したオーディションでは特別賞を受賞。高校入学後の'87年4月におニャン子入りを果たした。同年5月にリリースされた「かたつむりサンバ」ではフロントボーカルを担当。グループ解散まで在籍した。解散後は芸能界に残り、'93年には写真集をリリース。その後は今井美津子に改名しテレビに出演していたが、現在は芸能界を引退している。

http://news.ameba.jp/20150923-203/

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よしざわ きょうこ
吉沢 京子
プロフィール
生年月日 1954年3月2日(62歳)
出生地 東京都板橋区
身長 156 cm
血液型 A型
職業 女優
活動期間 1967年 -
夫 会社員(東宝)の男性と1983年結婚、1989年離婚

明るく健康的な笑顔で70年代を照らす「アイドル女優」が誕生した。それは、セーラー服が誰よりも似合った“ミキッペ”こと吉沢京子(61)だ。

 実写ドラマでよみがえった「ど根性ガエル」の作者・吉沢やすみ氏は、熱烈な吉沢京子ファンで知られる。ペンネームだけでなく、美少女キャラの「吉沢京子」を登場させたほどだ。

「ドラマの第1話はたまたま見ていて、とてもおもしろいなと思いましたよ。実は当時、雑誌の企画で先生のスタジオを訪ねて、絵を描くところを見せてもらったことがあります」

 60年代後半から70年代にかけ、吉沢は「おくさまは18歳」の岡崎友紀と並び、身近でかわいいアイドル女優の座を獲得。

 ところが、もともと女優になるつもりはまったくなかったという。

「日本舞踊は幼い頃からやっていましたが、少しはしゃべる勉強もしたほうがいいというので、両親が『劇団ひまわり』に入れたんです。仕事とは思っていなかったのに、入ったとたんに少女雑誌や学年誌のモデルが続きましたね」

 やがてCMやドラマの仕事も舞い込み、1枚の写真が当たり役を呼び込む。電車につられた「商工中金」のポスターで、バトンガールに扮した吉沢を東映のプロデューサーが目にした。桜木健一主演でドラマ化が決まっていた「柔道一直線」(69~71年、TBS系)のヒロイン・高原ミキことミキッペに適役だと声がかかった。

「私が15歳になったばかりで、中学から高校にかけての物語の年齢設定とも合っていたと思います。ただ、主演の桜木さんは私より7つ上で、ピアノに乗って足で『猫踏んじゃった』を弾くシーンが有名な近藤正臣さんは一回りも上でした」

 原作は、スポ根マンガの傑作を数多く生んだ梶原一騎氏。吉沢が桜木に向かって語るセリフには、梶原氏の哲学がたびたび反映されていたと吉沢は回想する。

 また梶原作品に欠かせないのは、視聴者を釘づけにする破天荒な必殺技だ。本作で披露された「空中二段投げ」や「地獄車」にピンとくる人も多いだろう。その撮影現場も、吉沢にとって忘れがたい思い出となっている。

「撮影スタジオに柔道場のセットを作るんですが、特撮が多いから、いつもクレーン車とマットとトランポリンが置いてありました。実際の柔道場もそうでしょうけど、汗のニオイがムンムンしていて、まるで工事現場みたいでしたね」

 桜木とは同じ梶原氏原作の「太陽の恋人」(71年、NET系)でも共演。そのため、ファンから「つきあっているの?」と聞かれることも多かったが‥‥。

「年齢が違うし、それはお互い、まったく考えてなかったでしょうね(笑)。それに、当時の超過密スケジュールは恋愛どころではなかったです」

 83年には会社員と結婚したが、一児をもうけたのち、89年に離婚。以来、子育てと女優業を両立させてきた。

 そんな吉沢と同じく、70年代の青春ドラマ群に欠かせなかったのが故・坂口良子だった。吉沢が彼女との最後の思い出を語る。

「良子ちゃんが亡くなる1年前、バラエティ番組で私に会いたいというので久々に顔を合わせたんです。良子ちゃんが私に『こんなに変わらない人はいない』と言って大泣きしたんですね。泣くほどのことかしら‥‥と思ったけど、すでにご自身の病気を覚悟していらしたんでしょうね」

 そこには、茶の間で愛された者だけが知る「連帯感」があった──。
http://www.asagei.com/excerpt/43600


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よこすか よしみ
横須賀 よしみ
プロフィール
本名 黒坂 昌美
別名義 横須賀 昌美、横須賀 蓉美
生年月日 1962年8月25日(54歳)
出生地 石川県金沢市
国本女子高等学校出身
血液型 B型
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 170 cm / ― kg
スリーサイズ 86 - 60 - 90 cm
デビュー 1981年
所属事務所 サイアン・インターナショナル

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よこやま ちえ
横山 知枝
プロフィール
本名 横山 知枝
別名義 Chiemi
生年月日 1973年9月9日(43歳)
出生地 広島県福山市
亜細亜大学経営学部卒業
職業 元タレント、歌手、女優
活動期間 1989年 - 2011年
夫 一般男性2001年結婚
家族 一男一女

2011.07.09
先月25日、横山知枝さんが引退した。
「横山知枝って誰?」という人でも、かつて“やまだかつてないWink”として山田邦子さんとデュエットしていた女の子、といえば思い出されるかもしれない。

彼女は1973年生まれで、現在37歳。ソロでのCDデビューも果たし、いわゆるアイドル活動後は、舞台女優や音楽ユニット“チコリ”としても活躍していた。プライベートでは、2001年に一般人男性と結婚、一男一女の母親でもある。

下北沢のライブハウスで行われた引退ライブには、70名ほどのファンが訪れ、芸能人としての彼女との最後の時を過ごした。彼女自身の気丈で明るい性格もあって、最後まで涙はなく、笑顔でのお別れとなった。

横山知枝さんの引退ライブでは、悲しさや淋しさよりも、彼女を含めた会場全体の暖かな一体感が印象的だった。集まった人の多くが、20年来の彼女のファンである様子。皆それぞれに幸せそうで、中にはファン同士で結婚したというカップルもいた。
本人も「明日からは子供たちとの時間を多くとりたい」と引退の理由を語り、人から人へ幸せが伝播していくような、そんなひとときだった。
http://getnews.jp/archives/128406

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きみじま とわこ
君島 十和子
プロフィール
本名 君島 十和子(旧姓・吉川)
生年月日 1966年5月30日
現年齢 50歳
出身地 東京都
日本女子大学付属高等学校卒業
公称サイズ(2007年時点)
身長 / 体重 167 cm / 48 kg
BMI 17.2
夫 君島明(当時の名。佐藤明から改名、その後さらに君島誉幸と改名)と1995年結婚

今春、宝塚歌劇団に入団する宝塚音楽学校第102期生39人の文化祭が13日、兵庫・宝塚バウホールで行われた。

 A、B組の2班に分かれた「演劇」では元女優で実業家・吉川十和子さん(49)の長女、君島憂樹さんがA組の主演を務めた。憂樹さんはスッキリとした顔立ちに、宝塚では外せない軍服も品よく着こなし、18世紀スウェーデン王国の皇太子を熱演。客席で見守った十和子さんは終演後「失敗しないかヒヤヒヤしました。皆様のお陰で何とか…」と胸をなで下ろした。

 大の宝塚ファンでも知られる十和子さんだが「(普段のように)舞台は楽しめないです」とドキドキの観劇となった。父の君島誉幸さんも「心臓に悪いですね。(娘は)まだまだですが、この2年間で“これでやっていく”という覚悟みたいなものが生まれたような気がします」と娘の成長に目を細めた。

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/02/13/kiji/K20160213012033740.html

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