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いしの まこ
石野 真子
本名 同じ
別名義 石野 眞子
生年月日 1961年1月31日(55歳)
出生地 兵庫県
私立百合学院中学校、百合学院高等学校→堀越高等学校
身長 156 cm
血液型 A型
職業 女優、歌手
ジャンル テレビドラマ、舞台、映画
活動期間
アイドル歌手時代: 1978年 - 1981年、
復帰後:1983年 -
夫 長渕剛 (1981年結婚 1983年離婚)
広岡瞬 (1990年結婚 1996年離婚)
家族 妹 (いしのようこ、宝乃純)
事務所 フロム・ファーストプロダクション

――この夏、石野さんはサマーツアーを行われていましたよね。ツアーでのTシャツに書かれていた手書きの一文が目を引きました。それは……。

石野:「いやあ、がんばりまっす。」でした(笑)。

――なんだか石野さんのフワッとしたキャラクターが、そのまま表れている感じですよね(笑)。

石野:私、ツアーのたびに何か一文を考えて書いたり、得意な絵を描いたりして、ファンの方と共有しているんです。

――なるほど。では、今年の“宣言”には何か意味があるのですか?

石野:もう、そのまんまです。ホントに(笑)。おかげさまで忙しい夏だったので“頑張ります!”と。ライブって結構、エネルギーを使うんですよ。でも、何より今年の夏は暑かったっていうのはありますね(笑)。

――いかにもな理由ですね! 石野さんが出演されている、現在全国で公開中の映画『にがくてあまい』でも、それが生かされていますね!

石野:そうですかね? それはそれとして、この映画、とてもいい作品ですよ!

――天真爛漫な独身女性のマキがふとしたきっかけで同居するようになったイケメン男子の渚が、実は同性愛者だった……ということから始まる騒動を描いたラブコメですね。

石野:都会に出て一生懸命もがいて働く女性がいろんな出会いでちょっとずつ成長していく……というホントにキュートな映画なんです。でも、初めて台本を読んだときには、これをどういうふうに表現していくんだろうと興味が湧きました。

――ふむふむ。

石野:でも、完成した作品を見ると、字面で追っていくだけでは分かりにくい部分も、とてもポップな映像で訴え掛けてくるものになっていました。その中に、今を一生懸命生きる人間のそれぞれの日常の悩みが描かれていて、なるほどねって改めて思ったりしました。

――女優の川口春奈さん演じる主人公・マキの母親役だった石野さんの“お母さんぶり”にもスゴく心が温かくなりました。

石野:私のことをアイドル時代から応援して下さっている方って、今はたぶん50代ぐらいになっていると思うんです。そうすると、お子さんが大学進学だったり就職だったりとかで、親元を離れることに直面している方々もいらっしゃると思うんです。そういう方が観たら、思わずポロってきちゃうんじゃないかしら。

――心に訴えるモノがあるということですね。

石野:そうは言っても、気構えて観る映画では決してないんです。ホントに、フラっと気軽に観て「あ~楽しかった」って単純に思えるラブコメ作品なんですよ。それと、作中のいろんなところで美味しそうな料理がいくつも出てくるので、観ているうちにお腹が空いてきますよ(笑)。

――空腹時に観るのはNGということですね。

石野:そうですね(笑)。

――今回演じられたのは、母親役でした。

石野:これが、しっかりしたお母さんなんですよ。旦那さんが脱サラして突然農業を始めたんですが、生活が苦しい中でもそれを一生懸命支えたんです。でも、そういう苦労や大変な部分は外に見せず、フワッとしている。

――石野さん、そのまんまって感じですよね。

石野:そうですか?(笑)

――一方で、とてもキュートというかお茶目なところが多い役柄でした。

石野:ねぇ~。いろんな事に興味を持っているんですよね。ただのふんわりした大人しい母さんじゃなくて、人生そのものを楽しんでいる女性なんじゃないかって思いました。

――中野英雄さん扮する夫の豊は、いかにも“昭和のオヤジ”って感じで、石野さんが演じたお母さんのキャラとは正反対でしたね。

石野:頑固者で、娘のことを愛していてもなかなかそれをハッキリと表現できないところがあってね。不器用って言うのかな。ま、どこの家庭でもお父さんと娘というのはあんな感じなのかもしれませんよね。

――そんな父親ですが、農業のかたわら、地ビール造りにも挑戦。そして、自分が作ったビールのうち、良くできたと思った一本だけを、娘のために残しておく……というくだりにはグッとくるものがありました。

石野:やっぱり、なんだかんだ言ってもお父さんなんですよね。だから、娘が同棲している男性を実家に連れて来たというのには、驚いたと思いますよ。

――お父さんの心情は考えるだけでソワソワしちゃいますね。

石野:でも、実はその男性が同性愛者だったというオチで、そこでまたビックリするんですけどね(笑)。

――娘のマキ役の川口春奈さんとの息もピッタリでしたが、初共演ですか?

石野:そうなんです。

――川口さんはどんな方でした?

石野:とても感受性豊かな方で、一方でストレートな部分もある。スゴく素敵な方でした。撮影期間はホントに短くて、私は1日で終わってしまったんですけど、すごく濃い1日でした。

――わずか1日で、ああいった家族の空気感を出すのは難しかったのでは?

石野:今、思えばそうなんですよ(笑)。でも、その部分ではそんなに苦労はしなかったですね。実際にロケ地に入って、俳優を含めてスタッフ一丸となると抵抗なく自然と入り込めるんだなと思いました。

――スクリーンで観ていると、石野さんと川口さんは本当の親子みたいな空気感でしたよ!

石野:撮影のときも、“映画を撮っている”という意識がなかったんです。それぐらい、自然でいられました。

――つまり、石野さんご自身が、肩にムダな力を入れていなかったということで、その感じが伝わってきたんでしょうね。

石野:川口さんと餃子を作るシーンがあるんですけど、特にその部分は印象に残っていますね。

――実際、観ている側にとって最も親子に見えた瞬間だったと思います。ちなみに、プライベートでは餃子を作ったりしますか?

石野:さすがに餃子の皮からは作りませんが、作ることはありますよ。あんを包むのは得意なんです。

――では、得意な料理は?

石野:餃子! と言いたい場面ですけどね(笑)。私、こう見えていろいろと料理をやるほうなんですよ。具体的にコレというのは思いつかないくらいなんです。

――そういえば、先ほども話に出た地ビールをみんなで飲むシーンなんですが、みんなで同時に口に含んだ瞬間、一斉に噴き出してしまったじゃないですか。

石野:娘のために用意した地ビールが、寝かせすぎてしまって、実はおいしくなかったという場面ですよね。噴き出すの、意外と難しかったんですよ(苦笑)。でも、川口さんはとても上手でした(笑)。

――意外なウラ話ですね! ところで、石野さんの出演シーンは、千葉県の鋸南町で撮影されたと伺っています。緑が一面に広がる自然豊かな場所でした。

石野:ああいう、きれいな空気の中でいられることは幸せですよね。

――そういえば以前、あるインタビューで「緑の見える所で愛するパートナーと一緒にお茶を飲みながら生きて行くのが理想」とお話しされていました。

石野:そうでしたっけ? 忘れちゃいました(笑)。

――では、石野さんの理想のパートナーというと、どのような方なのでしょう?

石野:う~ん、すぐには思い浮かばないですね……。ピンと来ないといいますか(苦笑)。

――では、理想の家族像はありますか?

石野:やっぱり言いたいことを言い合えて、ケンカもしつつ、お互いを尊重できる……そんな家族って素敵だなって思いますね。

――でも、今はお仕事が一番ですか?

石野:ハハハハハ、そうかもしれません(笑)。

――そんな石野さんにとって、一人の女性としての目標はあるんですか?

石野:フワッとしてる部分がありますけど、強さと優しさを兼ね備えた女性になれたらいいなぁとは思っていますね。

――お仕事の面では?

石野:女優業を多くするとか歌手のお仕事に比重を置く……といったことに、これまでもあまり考えずにやってきたんですね。“来るもの拒まず!”って感じで。だから、これからも「いやあ、がんばりまっす。」の気持ちでやっていきたいと思いますので応援よろしくお願いしますね(笑)。

「100万ドルの微笑」というキャッチコピーで芸能界デビューを果たした石野さん。インタビュー中に見せた微笑の魅力は今も健在。本誌取材スタッフも、仕事を忘れてほっこりと癒された時間でした!

http://taishu.jp/detail/24656/

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伊藤 咲子
いとう さきこ
プロフィール
本名 伊藤 咲子
別名 サッコ
プロフィール 1958年4月2日(58歳)
出身地 東京都
学歴 堀越高等学校卒業
職業 歌手
活動期間 1974年 - 1989年
2004年 - 現在
事務所 ミュージック・オフィス合田(2004年 - 現在)
オフィス・トゥー・ワン(1974年 - 1980年)
夫 実業家と1989年結婚2007年離婚
40代の会社員と2010年再婚

かつて「ひまわり娘」で人気アイドルとして活躍した伊藤咲子(58)は、「今は心から歌に感謝しています」と言う。オーディション番組「スター誕生!」でデビュー、その後、結婚、闘病、離婚などさまざまな出来事があった。再びステージに立つ喜び、サッコに笑顔が戻ってきた。

 そんな彼女が結婚したのは、89年。好きなゴルフで知り合った11歳年上の男性だった。歌手活動を休止して、パートナーが経営する飲食店を手伝っていたが、不幸にも病魔に襲われた。「子宮腺筋腫」。激しい痛みで立っていることもできない状態が続く。ある朝、腹部に違和感を覚え、触ってみるとテニスボールほどのしこりがあった。急性腎盂(じんう)炎も発症。このままでは全ての臓器を圧迫し危険な状態になる恐れもあった。

 「お医者さんからは子宮の全摘出を言われてましたが、決断がつかなかったんです。女性として子宮を失うことへの抵抗がありました。激痛を抑えるために一日3回薬を飲んで耐えました。それがもう何年も続いてましたね」

 自身の病気もあって家庭生活は崩壊寸前。手術したのは2000年、42歳の時だ。姉に「これからも痛みを我慢するだけの生活をするの」と言われた。術後、ベッドの上で最初に頭に浮かんだことは「もう一度歌いたい」。04年に離婚、今は会社員の男性と再婚し公私とも幸せな生活を送っている。

 西城秀樹、尾藤イサオ、小川知子、今陽子らとともに年間100回を超す「同窓会コンサート」も行っている。それぞれがヒット曲を歌うライブはいつも大盛り上がり。「昔は楽屋でおしゃれや恋愛話でキャーキャーしていましたが、最近はコンドロイチンや病院の話題でワイワイしてますね。でも、私は本当に歌に救われました」
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/05/22/kiji/K20160522012634020.html


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今井美樹おっぱい垂れ離れ貧乳チクビ下向きヌード濡れ場画像

今井 美樹
いまい みき
プロフィール
本名 布袋 美樹(ほてい みき) 旧姓 今井
生年月日  1963年4月14日(53歳)
出身地 宮崎県児湯郡高鍋町
学歴 宮崎県立高鍋高等学校卒業
職業 歌手、女優
活動期間 1983年(歌手としては1986年) - 現在
事務所 芸映→マッシュウエスト→IRc2 CORPORATION

現在はロンドンに移住している布袋寅泰。妻である今井美樹も布袋とともにロンドンに移り住んでいる。
この二人が結婚したのは1999年のことだが、結婚に至るまでは様々な人間模様があった。

前妻・山下久美子と親友だった今井美樹

布袋寅泰は今井美樹と結婚する前、山下久美子と結婚していた。今井はそんな山下と親しくなり、夫婦の家に招待されるほどの仲に。山下の著書にも、「今井は親友であった」と書かれている。
そんな山下だが、ある時布袋に愛人が出来たのではと察し、親友の今井にも相談している。しかし、今井は「心のなかに広がった思いは止められない」と回答したそう。実は布袋の愛人は他ならぬ今井美樹であり、この事実を山下はまだ知らなかったのだ。

今井美樹が行った卑劣な嫌がらせ

山下の著書によると、後に自身が両者の不倫に気づいた後、様々な嫌がらせをされたという。
今井から「彼(布袋)はいますか?」と電話が着たり、郵便ポストに離婚届を投函したりという卑劣な行為を受けていた。
ちなみにこの頃、今井美樹が発表した曲が『PRIDE』。作詞作曲は布袋寅泰である。「あなたへの愛こそが私のプライド」という歌詞もこのような背景を踏まえた上で聞くと、なんだか怖い。

大バッシングを受けた布袋寅泰と今井美樹

結局布袋と山下の結婚生活は1997年に終わりを告げる。その後、布袋と今井は1999年に結婚したのだが、世間からは「略奪愛」だと大バッシングを受けた。

そんな大バッシングを受けた布袋と今井だが、比較的良好な夫婦生活を送っており、女子も誕生している。そして一方の山下も、未婚の母として双子を育てながら音楽活動を続けており、互いに別の人生を歩んでいる。
http://www.excite.co.jp/News/90s/20160213/E1454906145521.html
http://www.excite.co.jp/News/90s/20160213/E1454906145521.html?_p=2

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岩間沙織おっぱい小さめチクビ大きめマン毛もじゃガリ痩せボディの全裸フルヌード画像

いわま さおり
岩間 さおり
プロフィール
アイドルグループ、セイントフォーの元メンバー
本名 岩間 沙織
生年月日 1964年7月7日(52歳)
出生地 神奈川県横浜市
北鎌倉女子学園高等学校卒業
血液型 O型
身長156cm
活動期間 1983年 -
所属事務所 ワールドエンタープライズ→コナン→トライ→亀の子新社(業務提携)→シアタープロジェクト

1980年代に40億円をかけてデビューした伝説の4人組アイドル「セイントフォー」の元リーダー、岩間沙織(51)が17日放送のTBS「爆報!THEフライデー」(金曜後7・00)に出演。8歳年下のイケメン男性とのお見合いに臨んだ。

 相手は43歳の映像制作会社に勤めるディレクターで、結婚歴はなく5年以上も彼女がいない。紹介したのは独身の岩間を案じた元メンバー・濱田のり子(50)で「すごく筋肉を鍛えてる。五郎丸さん似」と太鼓判を押した。 

 岩間も恋人は10年間おらず、奥手同士のお見合いはがちがちでスタート。ぎこちない2人だったが、意外にも映画「ロッキー」(1976)の話で盛り上がり、打ち解けた。最後には男性が噛みながらも「お友達からでいいので…」と切り出し、電話番号を交換。映画デートの約束を交わした。
 
 この日の番組では、岩間が25歳で初めてできた恋人との思い出を語り、「今でも思い出す」と複雑な表情を浮かべる場面も。かつての恋人は今や誰もが知る超大物俳優。2年間交際も結婚したい岩間とビッグになりたい彼との間の溝は埋まらず、破局に至ったのだった。
身も心も捧げた大恋愛を「結婚を意識したのはその彼だけ」と振り返った岩間だったが、新しい恋は前へと進むきっかけになりそうだ。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/06/17/kiji/K20160617012800020.html

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いとう つかさ
伊藤 つかさ
生年月日 1967年2月21日(49歳)
出生地 東京都
私立駒沢学園女子高等学校、トキワ松学園女子短期大学(現:横浜美術大学)卒業
血液型 O型
職業 女優、ナレーター
独身(離婚歴あり)

狂言師で俳優の和泉元彌(42)が10日に更新したブログで、主演映画「さつまおごじょ」(柿崎ゆうじ監督)が、スペイン・マドリード国際映画祭短編部門で最優秀作品賞を受賞したことを報告した。

 「さつまおごじょ」は戦時中に鹿児島・知覧で食堂を営みながら、出撃する特攻隊員を見送り続け、「特攻の母」と呼ばれた鳥濱トメさんとその娘・赤羽礼子さん、礼子さんの息子・潤さんを描いた作品。戦後、潤さんと2人で暮らしていた礼子さんは元特攻隊員と再会。生き残った特攻隊員のため、自分にできることは何かないかと考え、都内に薩摩料理の店を開いた。劇中でトメ役は女優・伊藤つかさが、和泉は孫の潤を演じた。現在、店は祖母や母の思いとともに潤さんが引き継いでいる。

 現地マドリードで授賞式に出席している柿崎監督から報告を受けたという和泉は、「多くの人の生き様と心が、日本人としての気概が歴史が世界に届いたのだと思います。この様な作品に参加できたことを誇りに思い、感謝申し上げます」と喜びをつづった。
http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160710-OHT1T50094.html

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